『第4章 帰還-シリウスの曳航』2004年 アクリル、墨、雲肌麻紙、木パネル 220 x 630 x 5 cm (c) KONOIKE Tomoko Courtesy Mizuma Art Gallery
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■アーティストの才能とは?
——その後、あれだけ嫌悪していた大学で講師もされましたが、いかがでしたか?
デザイン科の非常勤講師で呼ばれたんですけど、学生の作品を、とにかく、良い物も悪い物も大量に見ることになりました。学生の作品は本当に強度がなく、頭でっかちで言葉でのプレゼンはやるんだけど作品となって出てくるものはしょうもなくて、よく怒っていました。だけど、怒られようがけなされようが、それでも学生はつくっていて。ものをつくっていく人がそれだけいることに対してびっくりしました。結果的に、残っていく人ってそうなんですよ。切実に、なんか自分なりの呼吸ができていないわけだから、下手でもなんでもいいから、とにかくこの状況から打破するためにものをつくる。そういう人のエネルギーはちょこちょこっと描いてうまい人よりもすごいものを持っているから。そこがたぶん、この職業にとって一番重要なこと。
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——では、この職業、アーティストの「才能」というのはどういうものだと思いますか?
定義をどこにするかにもよりますが、「生きる力」ですね。どんなことがあっても生き延びていく力、欲望。意地悪でも嫌なやつでもなんでも、生き延びていくバイタリティーというか。生きていく力があれば、なんとかなる。
アーティストって人間社会の嫌なものも受け入れていく仕事なんですね。それさえもモチーフとしたり。ちゃんと目を見開いて見ていくってことは元気じゃないとできないじゃない。エネルギーがあって生きることに欲望がないと。目の前の現実から目を反らさないと生きていけない人だっていますよね。でも、きちっと見ないとだめな職業だと思う。深い悲しみを真正面から見ても、次の日ご飯をちゃんと食べて生きていくっていう。
つまりね、なんで描いているのか、つくってるかっていうと、今を生きるためなんですよね。たぶん人って、ものを何かつくっていく。とりあえず、便宜上、会社にいってお金をもらって食うためって言ってるけど、なにかをせずにはいれないというか。それがシンプルに如実に現れている職業がアーティストで、そこのものづくりは全部一緒。基本的に全て、私にしてみれば「生きるためのアート」だと思っているんですね。
『ナイファーライフ(部分)』2000-01年 アクリル、鉛筆、墨、キャンバス、木パネル 180 x 810 x 5 cm 撮影:中道淳(Nacasa&Partners) (c) KONOIKE Tomoko Courtesy Mizuma Art Gallery
■コンセプトは後。先に手が動く。
——アートの考え方でいうと、鴻池さんの作品は物語やコンセプトが事前に細かく考えられていそうなのですが…先入観ですかね?
先入観ですね(笑)。
藝大の先端※3でレクチャーしたとき、「コンセプトはなくて作品をつくる」と話したら、後で生徒から「先ほど『コンセプトがなくて〜』っていったんですけど、そういうのってありなんですか?」て質問されました。「ありもなしも、つくりたいと思ったら、普通、先に手が動くじゃん!」って答えたら、会場がシーンってなった…。不思議だった、(自分達のやり方に対して)疑問を持つ人がいないってことに。いや、今までにない答えに唖然としてシーンとしたのかもしれませんが。
——なるほど…。物語やコンセプトについては、やはり無かったのですね。
無いのではなく、ずっと後に言葉になるんですね。あの絵を描いていたのは、あ、こういうことだったのか、ということが5年、6年して分かったりすることもよくあって。だから、それって何かなって考えてて…
襖を描くようになって※4日本語の成り立ちとかに興味が湧き調べていたとき、文章を見てたら平仮名の中にくちゅくちゅって漢字が現われてきて。山っぽい形や鳥っぽい形があったり。「日本語って風景を見てる!」って思ったんですね。ビジュアル、形象です。そういう言葉にずっと慣れて来ている日本人って最初に概念、意味なんかこねーよな、て思ったの。最初に来ないで後から時間差で来るものなんじゃないかって。だから素直に考えれば、最初に概念、コンセプトがあってこういう絵を描きましたっていうことではなく、後から言語化するんだなって思いました。
『隠れマウンテン−襖絵』2008年 墨、アクリル絵具、鉛筆、雲肌麻紙、胡粉、木パネル(襖) 182 x 544 cm 撮影:宮島径 (c) KONOIKE Tomoko Courtesy Mizuma Art Gallery
■初めて湧き出た「抑制力」
——ご自身の展覧会についてもお伺いしたいのですが、中でも大規模なオペラシティでの個展『インタートラベラー 神話と遊ぶ人』※5のときは、どのような心境でしたか?
オペラシティの時、自分を制御する大きな力が働いたんです。初めてでした、そういう体験は。
「オープンブックシリーズ『開いているときは安心、閉じると大洪水』地球断面図 ウロボスカル図法」2006年 鉛筆、紙、綿布 49 x 80 x 5 cm 撮影:木奥恵三 (c) KONOIKE Tomoko Courtesy Mizuma Art Gallery
『Earth Baby』※6とかものだけでなく、展覧会全体をつくるとき大変面白くて快感なんですよね。そこをきちっと冷静に判断して展覧会に落とし込んでいきながら、力強い、高次元のクオリティの高い展覧会をするには、もっとそれ以上のなにか制御する力っていうか、ものすごい良いブレーキを持っていないとスピードを出せない感じ。つまり自分の中にスピード違反をして、その先に大変危険な事故を起こす過剰なものがあるというのを実感してしまったからです。スピードをガーンって出してもちゃんと止まる力をきちっと持ってれば安心してスピードを出せるんですよ。そういう感じのものが現われちゃったんですね。
『アースベイビー』2009年 ミクストメディア サイズ可変(本体:310.0 x 170.0 x 234.0 cm) サウンド・デザイン:フィリップ・ブロフィ 撮影:宮島径 (c) KONOIKE Tomoko Courtesy Mizuma Art Gallery
——そのとき展示されていた作品の一部が、最近『焚書 World of Wonder』※7という絵本になりましたね。
書き直したり詰めたり、文芸の編集者にも入ってもらって絵本として再編集しました。楽しかったんですね、面白かった。4年くらい…ものすごい長い時間がかかって出来たので嬉しいですね。
鴻池朋子『焚書 World of Wonder』(羽鳥書店)
■実現しないと全然興味がない
——今後はどのようなことをしてみたいですか?
(作品を)見たくもないって人でも目につくような場所とかに置いてみたい。たとえば2m×2m(の土地)を売ってくれるような人のところに行って土地を買って作品をつくって売ろう!とかいったら、みんなは「はぁ…」っていうんだけど、ちょっと面白いじゃんって思って。私、実現しないと全然興味がない人なので「じゃあ、実現するには〜」と具体的な長い旅が始まるんだと思います。
——つまり、パブリックアートですね。以前、絵本もパブリックアートだとおっしゃっていたと聞いたことがありますが、いまもそう思いますか?
好きなときに絵を見ることができる、あれこそパブリックアート。それを「子供のもの」と狭い了見にぐっと追いやる人は追いやればいいと思うし。私はそういう多くの人が一対一で巡りあい、共有できるメディアを使っていきたいと思う。
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■想像力のコレクション
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——先日スタートした『ミミオ図書館』※8は絵本を使った企画ですね。一般の人からエピソードや思いを添えた絵本を集め、まずは東日本大震災被災地へ図書館として届けるとか。
単純に絵本を集めるというよりは、絵本を読んだ読者の想像力をコレクションしていって想像力のいろんな模様を伝えるような感じ。そうなると、いろいろあって面白いんだなーって思いませんか。やっぱり人間がいるってことですよね、絵のうしろに。その人がどういうふうに生きているかがある。一読者のエピソードを汲み取れる気持ちって大切な感じがしましたね、今後。
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誰かに教えられるのじゃなくて、自分で本を開いて、自分で読んで、また本を閉じていくって重要だと思う。なんで重要なのかは…また10年後にインタビューしてください(笑)。
取材場所:VOLCANOISE ※9
鴻池朋子さんインタビュー 前半 >>
<インタビュー所感/ドイケイコ>
鴻池さんと初めてお会いしたのは約10年前、ミヅマアートギャラリーで個展を開催されていたときでした。このとき初めて作品を拝見したのですが、ただただ圧倒されて興奮し、近くにいた鴻池さんに暑苦しく話しかけた記憶があります。当時の鴻池さんは今と変わらず凛とした印象で、どんな質問にも真っすぐ答えてくださいました。それ以降、機会があれば展覧会に足を運び、いつの日かインタビューをさせていただきたいと思い続けていたので、今回念願叶って大変嬉しいのですが、実は心残りなことがあります。それは、聞かせていただいたお話を限られた字数に収めてしまったことです。もちろん色々考えた上での編集ですので、これはこれで良いのですが、別の形を取ってでも、未だ伝えきれていない幾つかの言葉をリリースしなくてはならない気がしてなりません。理由はよく分からないのですが、いまは思うままに動いてみたいと思っています。
もしかしたら、10年後…なにか大切なことに気づくかもしれません。
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<プロフィール>
鴻池朋子(こうのいけ ともこ)
秋田県生まれ、東京在住。1985年東京藝術大学日本画専攻卒業。絵画、彫刻、アニメーション、絵本、ゲームなどの手法を駆使して、現代の神話を壮大なインスタレーションで表現する美術家。森や街といった人間を取り巻くあらゆる環境のなかで作品を生みだし、独自の地図をつかって作品の中枢にある「遊び」へと観客を巻き込むなど、他に類を見ない創作活動は国内外で高い評価を得ている。主な個展に2006年「第0章」大原美術館、2009年「インタートラベラー 神話と遊ぶ人」東京オペラシティアートギャラリー(霧島アートの森巡回)他多数。書籍は絵本『みみお』(青幻舎)、『インタートラベラー 死者と遊ぶ人』(羽鳥書店)他。
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<解説>
※3 藝大の先端
東京藝術大学美術学部先端芸術表現科。1999年4月に設置された学科で「美術」の分野を超える教育研究の実践を目指し、芸術の持つ意味そのものを「表現の問題」として問いかける。ドローイング、工作、写真、映像といった「美術」の領域のメディアに加え、身体、音楽、コンピュータなど様々な表現メディアの基礎を身につけ、「これからの美術とはなにか」について教えている学科。
http://www.ima.fa.geidai.ac.jp/
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※ 4 襖を描くようになって
2008年「隠れマウンテン&ザ・ロッジ」展で発表したのが始まり。
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※5 『インタートラベラー 神話と遊ぶ人』
2009年7月18日〜9月27日、東京オペラシティアートギャラリーにて開催された鴻池朋子の初の包括的な個展。人間の心を地球というひとつの惑星としてとらえ、想像力の旅人(トラベラー)となった観客が作品を鑑賞しながら、地球の中心を目指すというもの。スケールの大きな新作とこれまでの代表作によって構成された。
http://www.operacity.jp/ag/exh108/
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※6 『Earth Baby』
2009年に制作された鴻池朋子のミクストメディア作品で、サウンド•デザインはフィリップ•ブロフィが担当。個展『インタートラベラー 神話と遊ぶ人』(2009年)※6の会場中心部分に展示された。
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※7 『焚書 World of Wonder』
2011年に羽鳥書店より発行された鴻池朋子の絵本作品。2007年に初めて発表されたドローイングと文章の作品「焚書 World of Wonder」に描き下ろしを加え、文章も再構成した。鴻池が「本」と遊びぬいてつくったドローイングから、生命の鼓動が伝わってくるのでは。
http://www.hatorishoten.co.jp/62_90.html
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※8 『ミミオ図書館』
東日本大震災をきっかけに鴻池朋子が立ち上げた企画。一般の人から好きな絵本や心に残った絵本にエピソードを付けて寄贈してもらい、その後、被災地の情報が次第にあきらかになり、人々の衣食住が見えてくる頃をめどに、先方の希望に沿う形で、この図書館が届けられるよう、移動図書館として閲覧できるシステムをつくる。
http://mizuma-art.co.jp/new/1301477523.php
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※ 9 VOLCANOISE
2011年11月に鴻池朋子と学芸員の坂本里英子が立ち上げた、神田川沿いにあるお茶の水のプロジェクトギャラリー。こちらでは、作品を「見る人」の可能性や「コレクションする」という行為を、同時代のアーティストの作品を公開、販売しながら、語り合い、探っていく。オープンは企画開催期間中の木曜日と日曜日で、予約制になっている。
http://volcanoise.com/
隠れマウンテン&ヴォルカノイズVol.2『ザ・ロッジ 切立った崖に建つ家』(2011年3月10日~5月15日)の展示風景
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文•鴻池朋子さんポートレート:ドイケイコ/取材協力:VOLCANOISE、ミヅマアートギャラリー