NEW  2011.08.18

Vol.22

戌井昭人さん/作家・鉄割アルバトロスケット <前半>  

鉄割アルバトロスケット 2010年 グランドホテル愛寿(SPECTACLE IN THE FARM 2010)

“見ちゃうもの”が面白い

“鉄割アルバトロスケット”という集団による、演劇ともパフォーマスともなんともいいがたい舞台は、なんだかよく分からないけど観る者をぐっと惹きつける。中核には戌井昭人さんという人がいて、ギターの弾き語りもしたり、味のある小説を書いたり、なんだか多才な人物だ。一体どんな人なのだろうか? 気になる内面に迫ってみた。

■普通でない小学生が育った環境

——生い立ちを教えてください。

生まれたのは東京の千歳烏山ですね。2,3歳ごろ調布に引っ越して深大寺の近くの、つつじヶ丘で育ちました。両親、爺ちゃん、婆ちゃん、伯母ちゃん二人、あと従姉妹とかと皆で一軒家に住んでいて。俺、兄弟はいないんですけど、親子三人だけで住んだことはほぼないんですよね。 いたって普通の・・・普通でもないか(笑)、あんまり勉強のできない小学生でした。ケイドロとか鬼ごっことかよくしていて、遊んでばっかりいました。

 

——ご家族はどんな方々ですか?

母は日本舞踊を教えています。お酒が結構好きで、元気のいい人ですね(笑)。小学校3年ぐらいまでは「勉強しろ」ってすごく厳しかった。 父は古道具屋をやったり、鍛冶屋をやったり、アメリカ行っていなくなったりとか。好き勝手にやってたんじゃないですかね。『まずいスープ(※1)』っていう小説を書いたんですけど、あれは作り話ですけど、作り話じゃないとこもあって、父がモデルになっています。 小さいときはキャンプに連れていってくれたりもしました。好きになる元は、もしかしたら父がつくってくれたかもしれない。影響は多分受けていると・・・すごく思う。

昔、鉄割アルバトロスケット(以降、鉄割)※2の舞台に出たこともある。落語が好きで習って、この間も公民館でやっていた。面白い人ですね。

——昨年亡くなられたお爺様は文学座※3で演出をされていた方ですよね。

はい、父方の祖父※4です。演出している姿は見たことなく、ただの祖父でしかなかった。鉄割を観に来てくれたこともあって、ネギで殴り合う演目に「おまえら今回ネギが少ないぞ」と意見されてびっくりした。演出をしてる人なんだなって思いましたね。俺もそうなんだけど、ぶらぶら歩くのが好きな人でした。

——同居していたなら、幼少期から演劇に馴染みがありましたか?

昔一緒に住んでいたのはこの祖父でなく、母方の八百屋をしていた祖父※5。演劇に限らず、特に文化的なことに触れることはありませんでしたね。

(c)沼田学 / 鉄割アルバトロスケット 2006年 こまばアゴラ劇場

 

■小説はエロいもの

——読書家のイメージが強いのですが、幼少期から本をたくさん読まれていたのですか?

中学、高校のころぽろぽろ読んでたくらい。確かね、中学のとき『ノルウェイの森(※6)』がベストセラーになって友達の姉ちゃんかなんかから借りて読んで「うわ、小説ってエロいんだな」って思った(笑)。
本は大学のころからいつの間にか読むようになりました。田中小実昌※7とか、色川武大※8ブコウスキー※9深沢七郎※10。この間、俺が深沢七郎をすごく好きなことに気付いた編集の方に声をかけられ、深沢作品の編集をさせてもらいました※11

 

 



■映画三昧の日々と強烈な音楽体験

——何か好きだった分野が他にありましたか?

中学のときは映画を観まくっていました。ジャンルは何から何まで。ジャッキー・チェンとか、まあ普通にそういうの観てて、ポンッとアメリカンニューシネマ※12を観たんだよね。意味がわかんなく、これなんなんだ!?っていうの。それで、すっごい映画が好きになりました。高校のときは親も公認し学校を休んで映画を観まくる日をつくっていました。 そのころ、物語をつくっていくようなことをしたいと漠然とありましたね。。

——音楽はどうでしたか? 中学くらいからギターをやっていた。バンドみたいなのをやりたかったんだけど、そこまでいかず。エレファントカシマシ※13の初期のころがすごく好きで、高校のころ、何かあったら一人でライブに行ってました。拍手したら怒られるし、(エレファントカシマシの)宮本さんがひりひりしていた。恐くて、ライブが。強烈な体験でしたね。 このころ、「旅行けば〜」ていう節が格好いい!と思って、浪曲をよく聴いていました。※14(「浪曲」のエピソード)

 

■本気で芝居を勉強したい

——高校卒業後、大学に進学し文学部の芸術学科で演劇を専攻されたのですね。

このとき、牛嶋※15渋さ知らズ※16渡部※17と出会いました。2年のとき、牛嶋がババッと動いてくれて、俺の書いた脚本で芝居をやったんだよね。

後輩に中島のお兄ちゃんの方※18とかもいて一緒にやった。熱海の射的場かなんかの話で、いま考えると青臭いもの。それで、こんなもんか、もう芝居はいいや、と思ってやんなくって。バックパッカーみたいな旅行ばっかしていました。 けど、卒業する前に受けた加藤新吉※19先生の『紙風船(※20)』の授業がすごい面白くて、岸田國士※21とかもうちょっとしっくりくるのを、芝居を、勉強したいってのが表れたんですよ。 遅いよね・・・俺。


——卒業後、どうされたのですか?

それで文学座に入ったんです。もうちょっと芝居の勉強をしようと思って、本気で。 そこで奥村※22くん、雅楽子(うたこ)※23さん、成男(しげお)※24くんと出会いました。当時、鉄割の構想はなかったですね。ただそのときは、牛嶋とか大学のときの人たちと皆で芝居をやりたいと思っていた。 文学座は、皆、本気で何かやろうとしてた。年齢も経歴もバラバラで、それも良かった。自分でも驚くくらい真面目にやって、すごいおかしくなるくらい酒を飲んでいた気がする(笑)。いま考えれば若かったです。

(c)沼田学 / 鉄割アルバトロスケット 2007年 武蔵大学(学園祭)

 

戌井昭人さんインタビュー 後半 >>


<解説>

※1 まずいスープ
2009年に新潮社より発行された戌井昭人の小説家デビュー作で、第141回芥川賞の候補に選出された。「日常にははっきりしたものが全然なく、とりとめのないことがたくさんあるので、それを記してみました」と語る作品には、サウナに行ったきり行方不明になった父をはじめ、人間のバカさやダメさ、愛おしさが淡々と描かれている。登場人物は自身の家族や親戚など身の回りの人が多数モデルになっている。
http://www.shinchosha.co.jp/book/317821/
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※2 鉄割アルバトロスケット(以降、鉄割)
1997年の春に結成した戌井昭人が主宰する団体。わずか数分間の意味があるようでないような芝居や歌や踊りなどを矢継ぎ早に上演する。その内容は「不条理」「オフビート」と形容されることも多い。
http://www.tetsuwari.com/top/index
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※3 文学座
日本を代表する劇団のひとつで、1937年に岸田國士、久保田万太郎、岩田豊雄らによって結成された。戌井昭人の祖父・戌井市郎も立ち上げの手伝いをした。かつて松田優作、樹木希林、寺島しのぶらが所属し、現在も江守徹や内野聖陽といった名立たる役者が活躍している。
http://www.bungakuza.com/
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※4 父方の祖父
劇団文学座にて代表、演出を務め、2010年に他界した戌井市郎(本名:戌井市郎右衛門/享年94歳)。杉村春子主演の『女の一生』など多数の新劇や、新派、歌舞伎、商業演劇など幅広い分野で演出を手がけた。「亡くなる月にも芝居の予定を入れていた」という逸話からも生涯現役を貫いたことが伺える。
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※5 八百屋をしていた祖父
著書『まずいスープ』に登場する主人公の祖父のモデルとなった人物で、戌井昭人の母方の祖父。物語で祖父について「粗大ゴミを拾って来て再利用していた」とか「戦争に行って空腹のあまりベルトをかじった」と書かれているが、それらは実話らしい。戦後リヤカーで野菜を販売し、後に店を持ち、ビルを建て子供や孫たちと暮らした。
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※6 ノルウェイの森
1987年に講談社から書き下ろし作品として上下巻で刊行された村上春樹の長編小説。国内発行総累計部数が1000万部を上回っているベストセラー小説でもある。海外にて36ヶ国の言語に翻訳・出版されている他、2010年12月にはトラン・アン・ユン監督よって映画化され、主人公ワタナベを松山ケンイチが、ヒロイン直子を菊地凛子が演じた。
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※7 田中小実昌
戦後の混乱期に風俗の世界に身を投じて様々な職業を体験し、飄々としたユーモラスなタッチの中に人間の悲しさを描き出した小説家、随筆家。『浪曲師朝日丸の話』『ミミのこと』で直木賞受賞。推理小説の翻訳家としても知られる。
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※8 色川武大
雑誌編集を経て、1961年「黒い布」で中央公論新人賞を受賞。その後、阿佐田哲也名義で『麻雀放浪記』など多くの麻雀小説を手がけた。1978年『離婚』で直木賞を受賞するなど純文学界でも活躍。睡眠発作病(ナルコレプシー)という持病もちで、麻雀の対局中に突然睡魔に襲われてサイコロと牌(パイ)を間違えチョンボになった逸話もある。
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※9 ブコウスキー
ヘンリー・チャールズ・ブコウスキー。ショーン・ペンやトム・ウェイツ、U2のボノなどに支持され多くの作家にも影響を及ぼしているアメリカの詩人、作家。作家として生計を立てられるようになった49歳まで、肉体労働を続けながら、自分を曲げずに世間と戦い続けたブコウスキーの半生を綴った伝記映画『ブコウスキー・オールドパンク』 (2002年)もある。
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※10 深沢七郎
職を転々とし、ギタリストなどをしながら、1956年中央公論新人賞の『楢山節考』で小説家デビュー。1960年の短編『風流夢譚』は右翼を刺激し嶋中事件を起こしてしまい、放浪を余儀なくされるも、その間『千秋楽』『流浪の手記』などを発表した。土俗の底にある下層庶民の人間的感情を描き、『みちのくの人形たち』では谷崎潤一郎賞を受賞。晩年、埼玉に「ラブミー農場」を開き百姓生活をしていた。
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※11 深沢作品の編集をさせてもらいました
2010年に筑摩書房から刊行された『深沢七郎コレクション 流』と『深沢七郎コレクション 転』を戌井昭人が編集した。「流」の巻は小説を、「転」の巻はエッセイを中心に掲載している。
http://www.chikumashobo.co.jp/author/003740/
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※12 アメリカン・ニューシネマ
ベトナム戦争後の1960年代後半〜70年代にかけてアメリカで製作された、反体制的な人間(主に若者)の心情を綴った映画作品群を指す日本での名称。もともとは「タイム」誌で『俺たちに明日はない』(1967年)の紹介見出しで使われたのが始まり。その他、代表的な作品に『イージー・ライダー』(1969年)、 『真夜中のカーボーイ』(1969年)、『カッコーの巣の上で』 (1975年)など。
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※13 エレファントカシマシ
1981年に宮本浩次を中心に中学・高校の同級生で結成された男性4人組ロックバンド。1988年にエピック・ソニーより『デーデ』でデビュー。拍手やスタンディングをすると怒鳴る、機嫌を損ねると2曲歌っただけで帰るなどライブにて数々の伝説を残す。尖ったオーラは若者たちから熱烈な支持を集めるが、その後、これまでと異なるソフトな路線でメジャーにて人気を博す。しかし、その鋭さは健在で今なおコア・ファンを多数抱える。当時37歳だった宮本を追いかけたドキュメンタリー映画『扉の向こう』(2004年)もある。
http://www.elephantkashimashi.com/
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※14 浪曲のエピソード
町田康が未だ町田町蔵であったころ、雑誌『CITY ROAD』のインタビューで浪花節について語っていたのを見かけた戌井は町田が気になり、ライブに通っていた。そんなある日のトークライブで戌井が町田に「清水の次郎長伝が好きで、(登場人物の中で)法印大五郎が好きなんですけど、町田さん誰が好きですか?」と聞いところ、わっと話をしてくれた。その後、町田は一度楽屋に消えるも再び戻ってきて「一体、おまえはその浪曲セットをどこで買ったんだ?」と質問したため、「二光お茶の間ショッピングです」と答えたところ、「ロヂャースの方が安いです」といってサッと帰っていった。それがすごく印象的で、格好よかったらしい。
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※15 牛嶋
牛嶋みさを。戌井昭人と鉄割を立ち上げ、演出を担当している。フォトグラファーや、2005年に中島美々(アーティスト)と組んだInstallation art unit「光興」の一員としても活動する。その他にもアートパフォーマンス、インスタレーション、ライブペイント、映像制作、イベントオーガナイズなど幅広い分野で活躍している。
http://www.loftwork.com/antenna/
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※16 渋さ知らズ
渋さ知らズとは、1989 年に不破大輔を中心として結成された日本の超巨大バンド。当初から大型バンドを指向してダンサーチームも帯同。代々木を中心にライブ活動に明け暮れ、忌野清志郎や大友良英といった多くのミュージシャン等も出入りする。アンダーグラウンド・シーンでの活動や海外公演も行いながら、2001年にはフジ・ロック・フェスティバルに参加し、ライブアルバム『渋旗』を発表。2006年にはエイベックスより『渋全』にてメジャーデビューした。
http://www3.alpha-net.ne.jp/users/poipoi/main/main.html
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※17 渡部
渡部こと玄界灘渡部(本名:渡部真一)は、鉄割の旗揚げに参加し、現在はスポット的に参加している。渋さ知らズに所属し、ボイスとMCを担当。褌(ふんどし)に法被(はっぴ)というスタイルが定番である。
http://www.yy.ale.co.jp/watabe/fishermansgroove/Welcome.html
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※18 中島のお兄ちゃんの方
中島朋人。弟は鉄割メンバーの教知。俳優として映画やPVで活躍中。主な出演作品は映画『トビがクルリと』、PV『斎藤和義』、PV『Pez-moku』、NHK『あの歌が聞こえる』など。とにかく痩せている。
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※19 加藤新吉
文学座で演出をし、その後、玉川大の芸術学部演劇専攻教授に。フランスのウジェーヌ・イヨネスコなどの戯曲翻訳家としても知られている。チェーホフ劇や、劇作家の矢代静一とのコンビで『夢夢しい女たち』なども演出した。
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※20 紙風船
岸田國士の第四作目となる作品。若い夫婦の何気ない会話のすれ違いが見え隠れする物語。
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※21 岸田國士
劇作家・小説家・評論家・翻訳家・演出家。代表作に、戯曲『牛山ホテル』、『チロルの秋』、小説『暖流』、『双面神』など。1955年に岸田の遺志を顕彰し株式会社白水社が設立した「岸田國士戯曲賞」は新人劇作家の登竜門とされている。
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※22 奥村
奥村勲。役者。鉄割では変なおじさん系の役まわりが多い。他には、一人語りの演目を女優やシャンソン歌手になりきって行なう。歌が上手い。
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※23 雅楽子(うたこ)
田山雅楽子。鉄割では楽器演奏、ピアノなどなんでもこなす。ボーカル、キーボード、パフォーマンス担当。18歳の頃から鉄割で過している。イラストレーターの多田玲子とKiiiiiiiというパンクバンドを組んでいる。
http://www.kiiiiiii.com/
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※24 成男(しげお)
小林成男。役者。ボクシングはプロで、タンゴ、日本舞踊などをこなす。演技の安定感、崩し、踊りに定評がある。「トライバルビレッジ浅草」のオーナー。
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